去る7月1日 祖母が亡くなった あと10日で100歳という大往生だったが 亡くなる間際まで体はどこも悪くはなく延命の治療措置もせず 死亡診断書には死因の欄に「老衰」と書かれていた 穏やかで安らかな死に顔とは裏腹に 明治大正昭和と激動の時代を生き抜いたその人生は辛く悲しい出来事も少なくはなかったはずだ しかし 孫である私が知っている祖母は 信心深く寺に通い 内職に精を出す働き者で 近所では親分的な存在ながら タクアンにマヨネーズをつけて食べるのが好きというハイカラさんで 息子の名前がついた相撲取りの豊山を応援し 泊まりに行った時にはよく枕元で話を聞かせてくれる いつも優しいおばあちゃんだった そんな祖母が一度だけ取り乱し泣き崩れる姿を見たことがある それは確か 祖母の若い頃の話を聞いていた時だったと思う 助産婦をしていた祖母は近くで出産があると出かけて行き 数多くの赤ん坊を取り上げていたそうだ 私自身も祖母に取り上げてもらったのだが 「かっちゃんは安産でな あっという間に生まれたんやで」と笑いながら話をしていた祖母の顔が なぜか突然くもり「昔はな 夏に雨が降れへん年は秋になるとな…」とポツリと語り出し「生まれたくてもな それがかなわん子がようけな…」と言って涙をこぼし 「みんな 悲しいてな 泣いて 泣いてしてな…」と取り乱し泣き崩れた 子供だった私はその言葉の意味はよくわからなかったが そんな祖母の姿を見たのが初めてだったのでとても驚いたのをよく憶えている 晩年になってもずっと寺通いを続けていたのは 水子地蔵に参るためだったらしい お棺に入るときには子供のように小さな姿だったが まさにグレートマザーだ おやすみ おばあちゃん
2008/07/19(土)
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