閑話休題 店主のコラム
このコーナーでは 身のまわりのチョットした出来事や感じた事なんかを無責任にしかも不定期で気が向いたときに書き綴っていきたいと思います。これを読んでのご感想やご意見なんかもお寄せ下さい。
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vol.257
中秋の名月


今夜は十五夜である ワタシは以前 十五夜というのは9月15日だと勘違いしていたのだが 正しくは旧暦の8月15日の事を十五夜という 旧暦だから現在の暦では9月から10月の間で日にちは毎年変わっていく そして当然ながら十五夜は必ずしも満月ではない ちなみに今年は9月の27日が満月である 明日は休みだから 今夜はおだんごでも食べながらゆっくりと月見でもしようかと思ったのだが 地元消防団の秋の恒例ポンプ操法大会の練習でそれどころではないのが実にトホホである ところで日本では昔から月を見上げてうさぎが餅をついていると言われている まあそう言われてみれば見えない事もないのだが ワタシは子供の頃からどうしてもうさぎには見えず 黄金バットがハハハハハと笑っているように見えていた(笑) 世界各国でも色々な見え方があるようで 例えばカナダでは「バケツを運ぶ少女」 イギリスでは「本を読むおばあさん」 アラビアでは「吠えているライオン」 ドイツでは「薪を担ぐ男」が見えるという 他にも「水を運ぶ男女」や「横向きの女性」「大きなはさみのカニ」など 緯度や経度によっても見え方が違うのだろうが 実に様々で興味深い たぶん月には地球と同じようにうさぎやライオンやカニなど動物たちがが仲良く暮らしていて おばあさんはのんびりと本を読んでいて 息子や娘達はみんな働き者で幸せに暮らしているんだな(笑)きっと黄金バットもハハハハハと笑ってる事だろう
2007/09/25(火)

vol.256
有意義な一日


先日 東映の京都太秦撮影所に行ってきた 来月末に迫ってきた憧憬チャンプルーの公演のカツラと衣装の打ち合わせである 今年役者デビューとなるユウ君とフナキ そして衣装・メイクの補助スタッフであるリエちゃんも伴っての総勢7人 ピリカ号定員いっぱいいっぱいツアーとなった 途中京都市内でウマイんだかマズイんだか ようわからん気取ったパスタ屋で腹ごしらえを済まし いざ太秦へ 京福電鉄の駅を過ぎるとちょいと奥まったところに撮影所の門が見えてくる 何の変哲も無い町工場の正門のような門だが その中から発せられるオーラというか雰囲気は一種独特の「業界ビーム」だ 車を降りさあ中へ入ろうかと思っていると 浴衣掛けに雪駄履きでこちらの方へ歩いてくる一団が… はて誰だ ん?どっかで見たことあるぞ ワォ 里見浩太朗さんじゃござんせんか しかも脇に従えるは助さん格さんの黄門様ご一行 う〜ん東映の看板役者が直々にチャンプルーを出迎えに来たのかと思ったが 正門前の胡散臭い我々を一瞥し 威風堂々のGメン歩きで行ってしまわれた おそらく撮影の合間にお昼を食べにでも行かれたのだろう いきなりの大物ゲイノウジンの登場に舞い上がってる座員の手前 「あー今日は水戸黄門の撮影だな」と平静を装ったワタシであった 衣装の打ち合わせは東映衣装部の方と行なう 今年の台本と資料をもとに登場人物の一人ずつの かつら・メイク・衣装の上下・履物・手持ちの小道具などを決めていく ここでいつも感心するのは 衣装部の方の徹底したプロ意識だ 高飛車なプライドではない 我々のような素人芝居の劇団相手でも 細かく丁寧に打ち合わせに応じ裏方という立場に徹する姿勢がある 逆にそれがプロのプライドなのかも知れない 本当のプロというのはそういうものなのだろう 自分の値打ちを上げる為に えらそーな態度をとったり素人相手に専門知識をひけらかす中途半端なプロに爪の垢でも煎じてやりたい その後ユウ君の落ち武者事件などの爆笑ハプニングもありで カツラ合わせも無事に終わり ついでに映画村もちょこっと見学し有意義な一日は終わったのでありました さあいよいよこれから稽古も追い込みだ! 
2007/09/15(土)

vol.255
ラジオはたのし


打ち場で毎日聴いてるラジオ 日によってFMを聴いたりAMを聴いたりしているのだが それぞれパーソナリティや番組によって特徴があって実に面白い 最近のお気に入りはkissFMで土曜日の9時半からやってる「kiss Slidin'n' Ramblin」という番組だ 元ツイストのギタリスト松浦善博が毎週 自分が大好きなアーティストの曲をかけ あーだこーだと講釈する番組なのだが その講釈具合がスゴイのだ あまり聴いた事の無いバンドでも いっぺん聴いてみようかなという気にさせられる しかしこの松浦善博という人 バリバリの関西弁でまったく気取らず 知識をひけらかす感じも無く「ボク本当にこの曲が昔からメッチャ好きなんですわ」てな感じの話し方で嫌味が無いのが素晴らしい 逆に聴きながら「どーなのコレ」と思うような番組も多々あるのだが まああえてここには書かずにおこう AMはもっぱらラジオ関西を聴いているが こちらは番組内容を聴くというより ほとんどBGM的に流している感じだ 朝の定番 「ラジ関モーニング」は三上公也のオヤジギャグ連発だし さなえとなつきのハーバーカフェは まったりした喋りが何とも言えんし 日曜の朝は宗教番組はちょいとキツイし(笑)まあそれなりにみんな楽しんでいる 中学の頃 夜中に聴いた深夜放送にかなり似かよったひそかな楽しみでもある 明日は月曜だからブランニューコウベは吉川朋江だな でもってラジ関モーニングは浅井千華子か う〜んどっちを聴こうか どっちでもいいや 
2007/09/02(日)

vol.254
サルマネミュージック


ニッポンの若いオネーチャンやオニーチャンの間では いまだにヒップホップが根強いブームとなっており こういう類の音楽に最近益々批判的になってきているワタシとしては「早いとこブームが終わってくれないかなあ」と切に願っている次第なのだが 同じような意見を持つ友人がかなり多いところをみると ワタシの同世代は結構みんなそう思ってんだなと ホッと胸を撫で下ろす今日この頃です(笑) ちなみに日本で最初のヒップホップは1980年にリリースされたスネークマンショーの「咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3」ではないかと勝手に解釈しているのだが この曲のようにアメリカのヒップホップをギャグの手段として笑い飛ばすならまだ許せたのだが 揃いも揃ってバカの一つ覚えのようにメッシュキャップを被り 大して濃くもないヒゲを必死に生やし 毎度お馴染みのフレミングの左手の法則のような手つきで 幼さを隠す無理やりのダミ声で歌われた日にゃ 可笑しさを通り越して悲しくもなってくる ダボダボの腰穿きスボンにしても 元々はアメリカの貧困層の子供達が兄弟のお下がりを穿いていたスタイルだったりするのだ それを二十歳も越えたいい大人が得意顔をして真似してるんだからなあ しかもその歌の歌詞ときたら 少ないボキャブラリーをしぼって考えたであろう「頑張ろう」だの「前を向いて」だの そんなものは坂本九が45年も前に「明日があるさ」で歌ってるっつーの まあしかし悪口ばかりでもなくて 中にはちょいとセンスのあるヤツもいて ちょいと前のコカコーラのCMにも使われてたBENNIE Kの「ドリームランド」や 今ヒットしているリップスライムの「熱帯夜」なんかは楽曲の完成度 リズム感やノリが素晴らしく なんとか許せる範囲だったりするのだが… まあいずれにしても こういったヒップホップという音楽は 日本人のリズム感でホイホイ歌えるほど簡単なもんじゃない気がするのだ やっぱり日本人はやぐらの上で三味と太鼓に合わせて盆踊りの歌を歌ってるのが断然似合ってると思うよ  
2007/08/08(水)

vol.253
夏のボヤキ


地球温暖化だ 温室効果ガスだと やいのやいのマスコミから毎日聞かされて 地球に優しく二酸化炭素削減 環境保護にエコ対策 まあわかっちゃいるけど なんかその運動自体も異常な感じがして 何か別の宗教的なきな臭さがチラリと垣間見えてしまう気がする今日この頃 とある説によれば 現在の地球は どちらかと言えば氷河期にあたるそうだ 赤道直下に動植物が生息し 南極大陸や北極圏が凍りついているのは 周期的に見ると地球が冷えている時期なのだという つまりこれから地球が徐々に温暖化に向うのは 至極当然の自然の摂理だというのだ 子供の頃見た本では 地表が氷に閉ざされ 生きものは死に絶えるような極寒の世界が氷河期だと書かれていたはずだが あれは間違いだったのだろうか こういう説をマスコミがドカーンと派手に報じると 世間のエコブームも一気に熱が冷めちゃったりしてね(笑) ただひとつ言えるのは みんなで頑張って暑い夏もクーラーを切り こまめにコンセントを抜いて 二酸化炭素の削減やエコ対策に努めても 頭の上をジェット機がビューンと飛べばとんでもない量の二酸化炭素が放出され 世界各地で戦争や紛争が起こる度に使われるミサイルなんかの重火器によって 環境は著しく破壊されていくという事を忘れてはならない つまり本気で地球の環境の事を考えるなら 人は戦争や紛争を無くす事は勿論 その築き上げた文明さえも放棄せねばならないのかもしれない う〜ん夏の暑い夜だから こんな事でも考えないとやってられないなあ 
2007/07/27(金)

vol.252
壷の話


ある大学でこんな授業があったという「今からクイズを出す」教授はそう言って大きな壺を取り出し教壇に置いた その壺に彼は一つ一つ岩を詰めた 壺が一杯になるまで岩を詰めて彼は学生に訊いた 「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた 「本当に?」そう言いながら教授は教壇の下からバケツに入った砂利を取り出した そして砂利を壺の中に流し込み壺を振りながら岩と岩の間を砂利で埋めていく そしてもう一度訊いた 「この壺は満杯か?」 学生は答えられない 一人の学生が「多分違うだろう」と答えた 教授は「そうだ」と笑い 今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後 三度目の質問を投げかけた 「この壺はこれでいっぱいになったか?」 学生は声を揃えて「いいえ」と答えた 教授は水差しを取り出し壺の縁までなみなみと注いだ そして学生に最後の質問をする 「私が何を言いたいのかわかるだろうか」 一人の学生が手を挙げた 「どんなにスケジュールが厳しい時でも最大限の努力をすれば いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」 「それは違う」と教授は言った 「重要なポイントはそこではないんだよ この例が私達に示してくれる真実は 大きな岩を先に入れないかぎりそれが入る余地はその後二度とないという事なんだ」 君達の人生にとって「大きな岩」とは何だろうと教授は話し始める それは仕事であったり志であったり愛する人であったり家庭であったり自分の夢であったり… ここで言う「大きな岩」とは君達にとって一番大事なものだ それを最初に壺の中に入れなさい さもないと君達はそれを永遠に失う事になる もし君達が小さな砂利や砂や つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば 君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう そして大きな岩 つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い その結果それ自体失うだろう

ネットで見つけた話 思わずグッときた

2007/07/02(月)

vol.251
他人事?


先日 地元地区で毎年恒例の「水防会議」が開かれた これは台風シーズンを前に区長をはじめとする区の役員や自警団 それに消防団が参加して行なわれる水害を防ぐ或いは被害を最小限に止めるための会議である ご存知のように出石は平成16年10月の台風23号で大きな被害が出た 豊岡市全域では死者7名・全壊530戸・半壊4047戸・床上浸水5164戸・床下浸水3543戸にものぼったのだ 会議ではまず消防団の分団長であるワタシが「水害っちゅうのはこんなに怖いんですよ」と先の災害時での状況について述べ それから国交省から任命されている河川の樋門操作員が台風の際の出石川の水位の変化について詳しく説明しながら「もうあの時は樋門の操作員にも避難命令が出るほどでした」と生々しく語り さらに区長も「堤防の補強工事の進捗状況からみて おそらく今度はこの地区の近くが最も危険でですわ」と警鐘を鳴らした ひと通りの説明が終わり「ではここで質疑応答に入ります みなさん何かございますか?」「………」「どんな些細なことでもいいので どうぞ」「………」「ご質問でもご意見でもかまいません なにかございませんか」「………」 おいおい何もないのかよ 他人事じゃないと思うんだがな 災害時に一番大切なのは生命財産を守ることだが そのためにはまず家族・隣近所・地区とそれぞれの単位で協力しあうことなんだぞ 避難所で自分勝手なわがままを言ってみたり 全国から来てくれたボランティアに横柄な態度を取ったり 便乗ごみに不法投棄 喧嘩やもめ事 先の災害の時に見たあの嫌な光景がチラホラと頭に浮かんだ 被災しない事を祈りたいが 決してないとは誰にも言い切れない 他人事じゃないんだよ
2007/06/23(土)

vol.250
もう一回


稽古場に響く「もう一回」の声 立ち位置はそこじゃない! 目線はこっち! そこでグッと寄る! そのセリフは笑いながら! 劇団憧憬チャンプルーの立ち稽古は いよいよ本格的な芝居作りへと移ってきた 「読む」セリフから「喋る」セリフへとシフトするのだ これが簡単なようで実は結構難しい 読むと喋るではその発声・息継ぎ・表情・仕草などありとあらゆる事が違ってくる 役者はいままで暗記したセリフのほとんどを読んで覚えている これを話し言葉に変換しなければならないのだ たとえば「へえ」という相槌 その言い方には様々なパターンがあって 驚いた時の「へえ」もあれば 呆れた「へえ」もある 泣きながら笑いながら怒りながら…また何気ない「へえ」というのもあるはずだ 相手の話し方や心情あるいは自分の立場や状況によって的確な「へえ」を喋らなければならないのだ 独りよがりのセリフでは会話にならないし 言い方が的確でなければセリフが違った意味になってしまう事もある そしてさらにここが素人芝居の最大の魅力なのだが 芝居が次々と「進化」していくという事 先週より今週そして来週とセリフの中の会話は徐々にスムーズになり リアリティーを帯び ドラマチックになっていく その進化の過程で役者はテクニックを身に付け「魅せる」という感覚を掴み全体の芝居の進化は加速度を増していく 今現在はちょうどその入り口あたり ワタシを含めた役者全員が悪戦苦闘の日々である 別の言い方はないか こうしてみたらどうだ こっちのほうが いや待てよ これならどうだ その繰り返しの「もう一回!」である   
2007/06/07(木)

vol.249
この歌を聴け


すごいバンドに出会った 福知山を拠点にしている「Bugg」という4人組のそのバンドは 以前は別のバンド名で活動していて何度かライブも聴いたことがあった その頃からボーカルの並外れた「歌ヂカラ」には舌を巻いていたのだが メンバー交代を経て新しいバンドとなり 今回久しぶりにそのライブを聴いたのだ で 正直驚いた! ボーカルの力強さは勿論健在ではあるのだが さらに驚かされたのは そのバンドとしての完成度の高さだ 個々のテクニックではない 余計な鎧を脱いだ後の生身の体の強靭さとでもいうべきか その4人がガッチリとスクラムを組んでいるのである まさに「バンドヂカラ」だ それと併せてオリジナルの楽曲のクオリティも高い 1970年代の終わり 井上陽水や吉田拓郎 小田和正や松山千春といった かつての弾き語りのフォークシンガーがバンドスタイルのニューミュージックへ必死に移ろうとしていた頃のような 我々の世代にとってまさに「ど真ん中ストライク」の懐かしい曲 「Bugg」の曲はそんな匂いがするのだ その頃は日本にもまだちゃんと詩の書けるシンガーソングライターが大勢いて 80年代に始まるテクノサウンドのニューウェーブにも一線を画し そして何より弾き語りで培った圧倒的な「歌ヂカラ」を持つシンガーが存在していたが 「Bugg」のボーカルはまさにそれなのだ アマチュアの中にも たまにこういう「ホンモノ」がいる 丹後の小さなライブハウスで とてつもない大物を見た
2007/05/22(火)

vol.248
ジレンマ


只今ワタクシ ゴルフのスイングについて悩みに悩み抜いております ここ1年ぐらいドライバーのフック病がまったく治らないのでございます 一般的にフックというのは クラブヘッドがインサイドからアウトサイドに抜けて起きるのだが どーもワタシの場合それだけの単純な理由ではないようなのだ 手首を返してしまったり腰が回り切らずに止まってしまったりというよくあるフックの原因も無さそうだし シャフトの硬さやバランス クラブ重量などにもかなり気を遣いセッティングしている どちらかというとハードスペックでスライスが出てもおかしくないはずなのだ 数年前から少し上がりにくかった肩の関節も 定期的に整体をしてもらい 今はほぼストレス無く上がる状態だし 股関節のストレッチも怠らないでいる グリップの握り方 スタンスの向き アドレスの荷重 ダウンでの体重移動 肩のライン 腰のライン 膝の曲がり等々 スイングをビデオで撮ったり レッスンコーチに見て貰ったりとあらゆる事をチェックするのだが……… 治らない(泣)というか わからないのだ 原因が掴めないと対処のしようが全くない 思えば300yオーバーの会心の当たりはいつから打ってないのだろう ひょっとしたらこのままもう打てないのかも知れない 四十を過ぎて ちょうど今のワタシの年齢くらいのアマチュアゴルファーにとって 日々感じるパワーの衰えというのは 非常に悲しい現実である たぶん何かが狂っているのだ 感覚的にあとひとつ歯車が合えば とわかっているのだがどうしてもそれが噛み合わない そして何より最大のジレンマは… スランプ克服の猛練習をする時間と体力と精神力を失っていることだ 
2007/05/12(土)

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