閑話休題 店主のコラム
このコーナーでは 身のまわりのチョットした出来事や感じた事なんかを無責任にしかも不定期で気が向いたときに書き綴っていきたいと思います。これを読んでのご感想やご意見なんかもお寄せ下さい。
最新のコラム表示
全 277 件中  41 〜 50 件表示中 <<前ページ 次ページ>> |12345>>
vol.237
まったりの空気


大晦日までのちょうど今頃 出石の街は何とも言えぬ不思議な雰囲気に包まれる 師走の慌ただしさは変わらないのだが にぎやかなクリスマスが過ぎて晦日大晦日に向けて ちょっと一服といった独特の「まったり」感があるのだ 正月休みで帰省してきた大学生の寝ぼけた顔だったり のんびりと出石を訪れた観光客のそぞろ歩きだったり 夕方から降る冷たい雨だったり 灯油配達のだるそうな足どりだったり 買い物に洗車に大掃除に余念が無いおじさんの似合わぬジャージ姿だったり いつもと変わらぬ年寄りの散歩の歩幅だったり 夜明け前の缶コーヒーの温もりだったり 集金を終えた商売人の安堵のほっと一息だったり 軒下に吊るされたまだ若い干し柿だったり バス停で寒そうに手を繋ぐ高校生のカップルだったり… 年末の慌ただしさのほんの一瞬前の微妙な「まったり」感なのだ あと二三日もすれば いよいよ年の瀬の喧騒も高まっていくのだろうが 今日と明日ぐらいはまだこの微妙な「まったり」が続くはずだ さてワタシも大晦日のピークに向けて 今のうちに気合を入れ直しておかねばなるまい おそらく大晦日はまた一日中打ち場にこもってのそば打ちになる 明けて元日は休むが2日からは店を開ける 「まったり」を感じるのも今のうちだな(笑)
2006/12/26(火)

vol.236
年に一度の恒例作業


毎年この時期 夜な夜なうちのパソコンはフル稼働する お察しの通り「年賀状」である 店の分と合わせて数千枚の年賀状を印刷しなければならない 時間のかかる大変な作業ではあるが 数年前までの手書きによる作業に比べたらずい分楽になった方だ 最近は若い人を中心に年賀状離れが進んでいるとニュースで聞いた 経済的な理由だったり携帯のメールで済ます手軽さが好まれたりするらしいが 今のところうちは毎年続けていこうと考えている ところでこの年賀状というのは一体いつ頃から始まったのだろう てわけで色々調べてみた そもそもは年始に挨拶にまわるというのが本来で まあ今でも年始の挨拶回りというのはあるのだけれど 平安時代の貴族が挨拶の代わりの書状を送ったのが始まりとされているらしい 貴族にとってそれはちょっと気取った「粋」だったのかも知れない その後ずっと時代は進んで明治の初め郵便制度の導入で年賀状は一気に庶民にも広がっていく ちなみに今のお年玉付き年賀はがきが発売されたのは昭和24年 終戦で打ちひしがれた国民に明るい話題をとの願いと 音信が不通になった人々が連絡を取り合うようにとの思いで導入されたらしい とか何とかいってる間にも プリンターは火の出るイキオイで印刷を続けている(笑)今年ご来店いただいたお客様 いつもご愛顧いただいているお得意様 友人知人ご近所さん 何とか元旦に届くようにと頑張っておりま〜す
2006/12/19(火)

vol.235
冬のお楽しみ


『床尾山もまだこのくらい』
今日12月7日は二十四節気のひとつ「大雪」である 文字通り今日から冬至までの期間は雪がたくさん降る時期とされている 打ち場にある昨年のカレンダーを見てみると この12月に大雪に見舞われている 例年だと初雪は根雪になる事はなくすぐに解けてしまうのだが 昨年は毎週のように雪が降りかなりの積雪量だったようだ 幸い今年はまだ本格的には降っておらず スタッドレスタイヤにも交換していないぐらいだ だがおそらく年が明けて2月ぐらいまでは天気予報の雪だるまマークに悩まされる日が続くことだろう 商売柄 この時期の降雪は店の売り上げにまともに影響するだけに できれば降って欲しくないのが本音だが 近隣のスキー場やその他諸々降らないと商売上がったりって業種もあるだろうから まあそこそこにって感じだ 小学2年生の息子は雪が待ち遠しいらしく 今年はクリスマスプレゼントにスキーが欲しいと散々アピールしている そういえばワタシも子供の頃雪が降るのが待ち遠しかった 雪合戦や雪だるまはもちろんの事 出石川の堤防でスキーをしたり 庭にかまくらを作って喜んだり あの寒い中でホカホカと汗をかくほど遊んだ記憶が無性に懐かしい 普段はあまり有り難くない存在の雪ではあるが 時々ふとノスタルジックな気分にさせられるのも 冬のお楽しみのひとつである
2006/12/07(木)

vol.234
贅沢なライブ


ワタシが愛して愛して愛してやまない2つのバンド 『マディーキャットフィッシュ』と『キューブリクス』 近頃あまりライブハウスに顔を出せなくなってしまった身だが 久々に実現したこの2つバンドの対バンと聞けば 日曜日のズタボロに疲れた体を引きずってでも聴きに行かねばなるまい(笑)先手を打つはシンプルでステディなロックンロールを信条とするマディーだ 懐かしい前世紀のオールディーズナンバーを得意とするこのバンドは 類稀なリズム感を持つボーカルHIDE4氏のシャウトの魅力もさることながら もうひとついつもスゴイと感じるのは徹底したそのタイトさだ 余計なコトはやらない 本人たちは「出来ないんですよ」と謙遜するが 普通バンドでロックをやると必ず「音の分厚さ」ばかりに気がいってしまう しかもアンプのボリュームを上げる事が音の分厚さと勘違いしているアホなバンドがかなり多い だがそれは「分厚さ」ではなく「増幅」なのだ 話がそれたが とにかくコアな演奏に拘り続ける彼らの姿は実に「大人」の魅力を感じさせ「これがロックンロールだよ」とレコードを貸してくれた近所の兄ちゃんの笑顔のようである 個人的な願いを言えば HIDE4氏にロックピアノを弾いていただきたい(笑) 或いは誰かとのコラボでもいい ピアノが入ったマディーが聴きたい さて後手はキューブリだ こちらはカバー曲の見事な編曲とオリジナル楽曲の完成度の高さが持ち味の凄腕のバンドだ と言っても安易にテクをひけらかす程度の低さは微塵も無く 絶妙のアドリブと完璧な間の取り方で シャープでキレの良い演奏を見せる さらにこのバンドのもうひとつの特徴はドラムスだ ジャズドラマーである島田氏の刻むビートはロックよりほんの少し軽快でフィルインもどこか洒落ているのだ それが楽曲にオリジナリティを与え 印象深いフレーズを完成させている こちらにも敢えてお願いをするならば アコースティックギターを使用した曲を一曲聴かせて欲しい ベースとドラムとアコギに ピリカ氏の咆哮(笑)うん完璧だ
2006/11/13(月)

vol.233
輝いた人


劇団憧憬チャンプルー2006年公演「出石でござる〜うなぎの寝床〜」が無事終了した 300人を超えるお客様の熱気と歓声 拍手と声援に支えられ 精一杯の芝居ができた事に最高の悦びを感じている 役者だけでなく裏方のスタッフもおそらく同じ想いである筈だ 3月から稽古を始めこの日を迎えるまで劇団にとって今年は様々な事があった 稽古日に人が集まらず相手役が欠席のため思うように練習ができない歯痒さやもどかしさ 演技のレベルアップのためにどうしても必要な激しい議論 わずかひと言のセリフの言い回しに数週間もの稽古を費やし 挫折や焦燥や悔し涙や怒号が稽古場に溢れかえった 魅せる芝居の本当の難しさをそれぞれが痛感した一年だったと言える そんな中 たったひとり本当に真面目に稽古に通い 貪欲に演技を学び 役者のモチベーションを必死に支えてくれた者がいた 今年の公演の成功は彼女の芝居に対する真摯な態度によってもたらされたと言っても決して過言ではない 残念ながら今年の公演を最後に役者を続けることはできなくなるのだが 劇団にはずっと籍を置いていてほしい 「岡田利香」二年間ご苦労様でした あなたの姿はいつもとびきり輝いていましたよ 
2006/11/02(木)

vol.232
10月9日は彼の誕生日


エルビス・プレスリーの「ハートブレイクホテル」やチャックベリーの「ジョニーBグッド」などのロックンロールに夢中になっていた頃の まだあどけなく不良の面影が残る若き日のジョンレノンが好きだ 人によっては オノヨーコと出会った以降の楽曲を高く評価するのかも知れないが リバプールの札付きのワルだったアンチャンの若さにまかせた情熱的な歌いっぷりにワタシは断然グッとくる ビートルズ時代はマスコミに対しては饒舌であり茶目っ気のある言動がよく目立ったが 彼の楽曲は実はほとんどが一人称で書かれ内向的で辛辣な言葉が並んでいる 幼くして両親に捨てられた記憶や再び巡りあえた母との死別などは思春期の彼の心を深く傷つけたに違いない その孤独な心を必死に隠そうとするもメロディーの中にチラリと垣間見え それに跳ね返るアップテンポのビートとともにピタリとマッチして あの独特な初期のビートルズのロックンロールサウンドが生まれてる気がする 「マザー」や「ジュリア」など母親に対するストレートな表現のバラードは 彼の本当の心の叫びではなく 逆に虚飾の姿だと勝手に解釈している 
2006/10/09(月)

vol.231
あとひと月


劇団憧憬チャンプルーの今年の公演がいよいよ近づいている 今年もまた出石を舞台にした人情時代劇の上演を予定しているのだが ゼロからのスタートだった去年の旗揚げ公演とは違って 今年はそれぞれの役者の演技のレベルをより引き上げる事を目標にしてきた ひとつのセリフの言い方に役者と演出とで何度も議論を重ねたり 目線のもって行き方やふとした何気ない仕草を何パターンも考えたり 全体のストーリーに大きく影響しない場面にも細かくチェックを入れてきた 例えば台本のト書きに「とここで悔しがる」とあったとすると それはどのぐらい悔しがるのか 小さく舌打ちをする「チェッ」なのか 眉間にしわを寄せ口をへの字に曲げた「ちきしょ〜」なのか 地団駄を踏みこぶしをギュッと握り締めた「くっくそ〜」なのか はたまた歯を食いしばったまま何も言わず涙目になるぐらいなのか という風に様々なパターンを考えて正解を当てはめていくのである その作業を根気良く続けて行く事で 舞台上の非現実な空間に登場人物がリアルな人間像を作り上げ 展開する出来事に一喜一憂する姿がごくありふれた「日常」に見えてくるのだ とこう書けば 何だか売れない新劇の役者が稽古場の近くの安い居酒屋で酔っ払ってヘタな演劇論をぶっている感じがしないでもないが(笑)要するに演技の手本は稽古場ではなく 普段の生活の中にいくらでも転がっているのだ 朝のテレビの占いで自分の星がアンラッキーな日だった「チェッ」なのか 楽しみにしていた宝くじの当選番号が一ケタ違ってた時の「ちきしょ〜」なのか やな上司にグチグチと小言を言われて逃げ込んだトイレで鏡に向かって思わず口にした「くっくそ〜」なのか じっくりと考えながら演じるのだ そうして時間をかけて作り上げた芝居が見事に演じきれた時 感激のあまり歯を食いしばったまま何も言えず涙目になっちゃったりするわけだ(笑)公演まであとひと月 頑張ります
2006/09/26(火)

vol.230
妹の日


今日 9月6日は何の日かなあと思ったら 「妹の日」などとかなりアバウトな記念日らしい(笑)この「妹の日」というのは「妹を象徴する乙女座の中間の日の前日」というこれまた何ともこじつけっぽい理由で制定されたらしいのだが 実は他にも「弟の日」(3月6日)や「兄の日」(6月6日)「姉の日」(12月6日)というのもあって こちらは特に理由も無いらしい(笑)そしてさらに記念日お得意の「いい兄さんの日」(11月23日)という語呂合わせ系の日もあるのだが これは「いい姉さん」や「いい弟」の語呂にあう日がなかったのだろう 何ともしまらない感じだ ちなみにこの「妹の日」を制定したのは漫画家で「妹の力社会学」という本の著者でもある畑田国男という人で 毎年その年に活躍した「妹」に日本妹大賞なる大げさな賞まで授与されているらしい ちなみに今までの受賞者は元マラソン選手の有森裕子さん 元水泳選手の岩崎恭子さん 当時100歳の双子姉妹の妹蟹江ぎんさんが選ばれている そして今年は叶姉妹の妹美香さんが選ばれるのではないかと言われている らしい(笑)う〜ん 微妙な賞だなあ ところでワタシは姉が1人のいる姉弟で女房も姉が1人いる姉妹だ つまり妹という存在を全く知らない 思春期には友人の可愛い妹を見ると羨ましくも思ったが 四十も越えたオッサンになってくると 妹だろうが姉ちゃんだろうが あんまり関係なくなってくる でももし昔に戻ってワタシに妹がいたとしても 嫁入りの前夜にフスマ一枚へだてて小さな寝息を立ててたり 病弱で名前が「セツコ」だったりってのはなんとなくヤダな(笑)

2006/09/06(水)

vol.229
禁足地


【近所のスーパーもこの通り…】
古い神社や仏閣などの敷地の中には「禁足地」があって そこは昔から決して足を踏み入れてはいけない場所とされている もしもその掟を破った者には恐ろし〜い祟りやバチが当たっちゃうなどと言われてたりする そして現代の禁足地と言えば 身障者用の駐車スペースだろうか(笑)車イスや体の不自由な人の為に 建物のすぐ近く一番便利な場所に設けてある健常者は決して駐車してはならない場所… のはずなのに… ホントに身障者や介護者なのかと思えるようなクルマばかりが駐車しているのだ 下品な爆音を鳴らしながらいかついクルマを停め降りてきたのは 貧相なししゃしもような顔の茶髪のアンチャンにおたべ人形がどぎつい化粧をしたようなオネーチャンのカップル 禁足地にクルマを停めた躊躇いは微塵も無さそうだ 続いてそのとなりのスペースにもすぐにクルマがやって来た 30代前半ぐらいのヒステリックなママのワンボックス 陸ガメの甲羅のようにカサカサに乾いた顔で子供を怒鳴っている 怒鳴られるのはアンタの方やで そしてまたとなりのスペースではオバチャン3人組がケタケタケタと笑いながら セダンのシートにそのとてつもなくデカイ尻を沈め 無意味な切り返しを4回もして出て行くところだ あんたらみんなホントに身障者なのか 禁足地に足を踏み入れた罪の意識は全くないのか 日本人の美徳も奥ゆかしさも思慮も遠慮も良心も どこかへ無くしてしまったのか あっそうか 心が不自由なんだな
2006/08/25(金)

vol.228
ツライ一週間


生まれてこのかた 記憶にある限りおそらく多分きっと 初めて病院に入院した 扁桃腺が腫れて微熱が出たので「風邪かなあ」と思い近所の掛かりつけの医院に行ったのだが「急性扁桃炎」とやらの診断で「あ〜こりゃダメだ 紹介状を書くからすぐに大きい病院に行きなさい」と先生に言われ 仕方なく総合病院の耳鼻咽喉科にスタコラ行ったところ すぐさま「ハイ入院です」と実にあっけなく言われてしまったのだ 「えっ入院ですか?でも仕事も休めないし 入院なんてした事無いし何とか通院じゃダメですか…」と言いたかったのだが のどの腫れで口が開け辛く喋りにくくなっていたので 「ハイ」としか言えなかったのだ(笑)幸いそば打ちの方は以前うちの店で打っていた者が急遽来てくれたので助かった ここだけの話 実は昔からちょっと「入院」に憧れるみたいな変な想いもあったりして(笑)お見舞いの人と「いや〜参ったよ」などと話しながらメロンを食べたり 若くてきれいな看護婦さんに「大丈夫ですか頑張ってね」などと励ましてもらったり 三食昼寝付きでベッドでゴロゴロ 誠に不謹慎ではあるものの そんなアホな考えもチラリとあったりしたのだが 当然の事ながら現実はツラ〜イ入院生活だった まず喉の病気だから 食べ物が全く食べられない メロンはおろか全然味のしない流動食やお粥ばかりを食わされ どこに行くにも点滴をぶら下げたままなので不自由極まりなく お見舞いに来てくれた人達ともあまり喋る事も出来ず 同室のジイさんが夜中に唸りまくるので全然寝れず ただただヒマを持て余した 唯一の救いといえば看護婦さんがとても優しかったことかな 何とか一週間で退院できたのだが 疲れやストレスが溜まるとまた再発しちゃうらしいから気をつけねば… 八鹿病院第5病棟の看護婦さん お世話になりました
2006/08/07(月)

<<前ページ 次ページ>> |12345>>